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2008年8月14日 (木)

韓国・平和の旅⑫-最後に

 ドイツのヴァイツゼッカー大統領演説に

「罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。

 心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老幼たがいに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。

 問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」

「かつて敵側だった人々が和睦しようという気になるには、どれほど自分に打ち克たねばならなかったか――このことを忘れて5月8日を思い浮かべることはわれわれには許されません。ワルシャワのゲットで、そしてチェコのリジィツェ村で虐殺された犠牲者たち――われわれは本当にその親族の気持ちになれるものでありましょうか。

 ロッテルダムやロンドンの市民にとっても、どんなに困難なことだったでありましょう。そのためには、ドイツ人が二度と再び暴力で敗北に修正を加えることはない、という確信がしだいに深まっていく必要がありました。」

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 今の自民党を中心とする日本政府の姿勢、憲法9条を変えようとする動きを見ていると、この言葉の重みをずしりと感じる。そして、韓国に行き、見聞ききし、韓国の人々と触れ合ったからこそ、この言葉の意味を理解できるそんな気がする。

 原爆被爆という被害者としての日本人。と、アジア2000万人の命を奪った、加害者としての日本人。この両方の日本人が抱える、問題はとてつもなく大きい。

  「二度と誰にもこんな思いはさせたくない」「自分たちが生きている間に核兵器をなくしたい」と語る被爆者たち、反戦・平和を願う世界中の人々の思いを実現するためには、「原爆が落ちてあの戦争が終わった。原爆が落ちて良かった」と思っている、少なくないアジアをはじめとした人々とも手を取り合う必要がある。

 そのために、いま日本がやらなければならないことは、「原爆が落とされても仕方なかった」と正当化させてしまうような行動をとってはいけない。あの侵略戦争を正当化し、美化するような動きを許してはいけない。二度と戦争はしない、武力は持たないと決めた“憲法9条”を変えるなんてことを、許してはいけないんだ、と強く思った。

 そして、本当の意味で加害者、侵略者であったことを認め、受け入れ、「二度とこんな過ちはおかさない」と反省し、国民が誓い合ったとき、日本は、唯一の被爆国として本当の意味での役割が発揮できるのではないかと思った。

 日本人として生まれ、日本人として生きる私が、日本という国がたどってきた過去と向き合い、そこから、私は何を導き出すのか。そして、これから、どう生きるのかが、問われている気がする。

 私は、被爆者にも、従軍「慰安婦」にも、戦争体験者にもなりたくない!そして、私の子や孫にも・・・

 いま、被爆者の方も、ハルモニも、思い出したくもない体験を、声をしぼり、心をしぼって語ってくれている。「もう誰にも、私のような思いをさせたくない!」この思いが結実した、憲法が活かされる社会をつくりたい。

 そのために、いま私に出来ることは何なのか、真剣に考え、生きたいと思う。

■最後に・・・・・

 この報告を仕上げるのに、約5ヶ月かかりました。正直、資料も写真も見たくない、思い出したくないと、向き合うことができない時期が多々ありました。それだけ、韓国平和の旅は、私に大きな衝撃を与えたのだと思います。その思いが少しでも伝わったら幸いです。

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06年8月 斉藤 和子

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