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2008年8月 8日 (金)

韓国・平和の旅⑥-独立記念館

■独立記念館

 バスにゆられること30分。独立記念館に到着。が、どうも様子がおかしい。なんと休館日だった。

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 たしかにガイドブックには「休みなし」と書いてあった。が、後でもう一冊をよく見たら、「月曜休み」と書いてあった。いろんな意味でショック・・・

 でも、門番をしていたおじさんが、公園の中には入れてくれた。展示館は見ることは、できなかったが、公園の中だけでも入れたのは良かった。

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*独立記念館は
 121万坪の広大な敷地に立つ。1982年国民の強い希望によって独立記念館建立の募金運動で1987年8月15日の光復節(独立記念日)に開館した。有史以来、半島国家として中国や日本からの侵攻を受けてきた韓民族の困難克服と国家発展の歴史に関する資料を収集・展示し、民族精神と国家意識を後世に伝えることを目的とした巨大な施設だ。

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 第3展示館は、日帝侵略館。植民地時代の日本の侵略行為が等身大のジオラマで再現されているらしいが、見ることは出来なかった。

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 一番の印象的だったのは、数百本の韓国国旗が、メインストリートの両側で、ばたばたとはためいていたこと。

 はじめ、なぜ、こんなにも国旗が!?と思ったが、公園の中を歩いたり、一番奥にある、「追慕の場」の周りにある石の壁に彫られた、鎖や、戦いのシーンとともに、国旗を高々と掲げている壁画をみながら、ふと思った。

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 もしこれと同じ事を日本が、日の丸でやったら、「軍国主義の復活!」をイメージさせるだろう。アジアから批判され、なによりも日本人である私自身が危険性を感じるだろう。
しかし、ここではためいている、何百本もの韓国の国旗は、たぶん人々の誇りなのだろうと思った。

 もう、どこの国からも、われわれ民族は支配されない!という強い決意と誇り、そして怒りが込められているような気がしてならなかった。

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 それは、広大な敷地の中にある、この記念館が国民の募金によって建てられたこと自体にも現れているように思った。

 正直、そのことに気づいてから、私はバスの中でも、地下鉄の中でも、食事をしていても、日本語を話すことに、躊躇している自分がいた。

 独立記念館を回り、また2時間近くかけて、ソウルまで戻った。

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 3・1独立運動を開始した、タプコル公園によってみたが、これまた18:00までで、着いた時には、すでに門がしまっていた。

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 この日は、本当にタイミングが悪く、移動距離も多かったせいもあり、とにかくつかれた。

 しかし・・・・・・

■シンチョンの焼肉屋

 夕食は気合を入れて、ガイドのチャンさんに教えてもらった新村(シンチョン)の焼肉屋へ。

 駅で、またキョロキョロしていると、少し酔っ払ったおじさんが、英語で話しかけてきた。丁寧に、ここで乗り換えろと路線図を出して教えてくれたのだが、行き先が違うところを指している。どうも「シンチョーン」だったらしく。韓国語の発音は難しいと改めて感じた。このおじさんは、よく日本の幕張に来ていると話していた。

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 シンチョンに降りてからも、チャンさんのメモを何人かの人に見せながら聞くも、「わからない」と首を傾けられ、けっこうお金もちそうな、若いカップル?夫婦?に話しかけたら、わざわざお店に電話をし、地図を書き、英語で説明してくれた。

 しかし・・・どうも見当たらず、ウロウロしていたら、おばさんに「焼肉ですか?うちは有名な焼肉屋ですよ。おいしいですよ」(日本語)と笑顔で言われ、このお店が、目的としていたお店なのかどうか、けっきょくよくわからないまま、日本語が通じるという安心感で入った。たぶん、安くておいしかったんだろうと思う。

 骨付きのカルビ、豚のカルビ、冷麺も食べて、一人25000w(約3000円ちょっと)だから、まぁよかったのかな。

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つづく・・・

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