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2010年3月

2010年3月31日 (水)

宣伝カー!カンパ!

 新検見川で待ち合わせをし、花見川区で行動しました。風がとっても冷たいと感じた一日でした。午前は、中村きみえ・千葉市議の地域を、午後は、盛田まゆみ・千葉市議と地域をまわりました。

 途中、八千代台で八千代市の新婦人(新日本婦人の会)内後援会のつどいに参加しました。

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 逆光だったために暗い写真を加工しましたが、セピアぽくなってしまいました(笑)私の左側が、船橋市、習志野市、八千代市を担当する日本共産党西部地区委員会の淀裕一・新地区委員長です。

 私は、第25回党大会での様子。千葉県の医師会との懇談、この間の宣伝の中で感じてきた日本共産党に対する思いの変化や、情勢の変化を話しました。

 短時間でしたが、「元気をもらった」「暗い気持ちになることが多いけど、斉藤さんの話を聞いて、逆に今がチャンスなのかなと思い、気持ちが明るくなりました」と、感想が出されたことを知り、嬉しかったです。

 しかも、宣伝カーカンパを呼びかけてくれました。これまで12年間県内各地を走りまわってきた宣伝カーの車体がガタガタになり、夏の参議院選挙は乗り切れそうにないと、車体を新しくすることになりました。しかし、高額なために、いま、そのための宣伝カー募金を呼びかけています。なんと、その場で1万円近い、カンパを寄せていただきました。

 誰しも生活に余裕があるわけではありません。楽どころか苦しい!だけど、日本共産党にはがんばってもらわないと!支えなくては!と、寄せていただく、その思いの強さに胸が熱くなります。

2010年3月30日 (火)

毎週火曜日

 毎週火曜日の津田沼駅での朝宣伝に合流です。丸山慎一県議、石川としひろ、中沢学、渡辺ゆう子各船橋市議と、私も訴えました。

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 寒い、寒い・・・思わずシャキーンと気合を入れた瞬間です。

 それにしても、津田沼駅を利用される方の多さに、改めて圧倒されました。同時に、やはり総選挙に向け1年以上宣伝に取り組んだ場所であり、生まれ育った場所だけあって声をかけてくださる方が、どこよりもたくさんいることが、何よりの励みになります。

 宣伝後は、下総中山駅周辺で行動しました。

2010年3月29日 (月)

一日市川

 朝から一日市川市で、岡田幸子県議と一緒に行動しました。

 まずは、市川駅で朝宣【写真:二瓶忠良・市川市議、岡田幸子県議、清水みなこ・市川市議】。途中、パラパラと雨が降ってきて、本当に寒かったです。

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 宣伝後、近くでティッシュ配りをしていた青年に声をかけました。彼は、4月から中学の非常勤講師として働くそうです。大学を卒業し時間があるので派遣で働き、今日は3ヶ所まわると言っていました。そして、最後に力強く「がんばってください」と、声をかけてくれました。

 なんだか、とっても嬉しかったです。たぶん、宣伝の訴えを聞き、少しは共感してもらえたのかなと・・・

 その後、お昼をはさんで、地域訪問し、ご意見をうかがいました。

 年金暮らしをしている方が、娘さんの旦那が亡くなり、小さい子ども3人を育てている。生活は大変だけど、なんとか仕送りしてやらないと・・・と。なんとも、二重三重に生活が苦しくなる状況に追い打ちがかけられている状況だと痛感します。

 途中、いきなり雨が降り出し、いや、粒が白い。みぞれ!?寒いわけです。

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 最後は、市川駅での地域の皆さんの宣伝行動。本八幡駅での、女性後援会のみなさんの宣伝に合流しました。

2010年3月28日 (日)

一日千葉市

 一日千葉市での行動でした。午前中は緑区で、午後は若葉区をまわりました。

 それにしても、寒い!!天気予報を見て、これはダウンコートと、完全防寒で行動しました。

 若葉区では行動し、野本のぶまさ・千葉市議の事務所に小休憩で戻ると、テーブルの上には、菜の花のおひたし、おしんこ、お菓子などなど、おいしい食べ物が並んでいました。なんとも、心温かい、心づかいに感謝、感謝です。

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 野本市議との行動の途中、立ち寄ったここは、若葉区の後援会の方たちが借りている畑。私が、いただいた菜の花は、ここで収穫されたものです。

 おいしかったです。

2010年3月27日 (土)

日本共産党演説会in長生村

 長生村での日本共産党演説会が、八積駅の近くの長生村文化会館で行われました。

 長生村議選は、4月13日告示、18日投票で行われます。日本共産党から立候補を予定している、鈴木せいお村議、関かつや村議が、それぞれ決意表明。みわ由美県議が、あいさつしました。

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 私は、長生村の中で対話した方が「農業で生活できれば、誰がわざわざ外に働きにいくよ」という話を紹介し、500mlのお茶のペットボトルが、147円するのに、そこにお米をいっぱい入れても、100円にもならない(安売りのお米では、90円を割るものも)。お茶や水よりも安い。米を作れば作るほど赤字になることのが、今の現状です。

 一方で農民には、米を作るなと減反を押し付け、一方でミニマムアクセス米として、77万トンも海外から輸入している。お米を作れるのに、作らせず、輸入する。そんなことをやっている状況ではない。世界では、餓死している人が10億人を超えています。国際貢献というなら、お米をどんどん作って、もし余ったら、それを無料で提供する方が、よっぽども、私は国際貢献になると思います。と話しました。

 私の友人が、仕事を辞めて農業を始めたことや、先日仕事をしながら、週末は実家の群馬に帰り農業をやっている青年に出会ったことなどを紹介し、「こういう農業をやりたい。続けたいと思っている方たちを応援する政治こそ求められいる」。そのためにも、農業で生活できる、生産にかかる費用を補償する価格補償をきちんと行うことが必要。と、日本共産党の政策を紹介し、決意を話しました。

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 比例予定候補の田村智子さんが、新しい政治の扉を開きましょう。と、社会保障の拡充、財源の使い方と、集め方、農業政策、雇用のあり方などを迫力満点に講演。

 長生村での関さん、鈴木さんの2議席を勝ち取り、つづく参議院選挙での勝利を!!と、会場は大きな拍手に包まれました。

2010年3月26日 (金)

松戸・職業訓練センター

 松戸市にある職業訓練センターに、みわ由美県議、松戸市議にみなさんと行ってきました。

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 全国には、83ヵ所の職業訓練センターがありますが、これを12月末ですべて廃止するという動きがあります。そこで、実際に施設に行き、センターの役割や、利用しているみなさんの様子など、話を伺い、施設内を見学させていただきました。

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 以下、「しんぶん赤旗」3/27付記事

 政府が全国83カ所の職業訓練センターを廃止しようとしている問題で、日本共産党の、さいとう和子参院千葉選挙区候補、三輪由美県議、党松戸市議団が日、松戸地域職業訓練センターを訪れ懇談しました。
県内は松戸、千葉、野田各市にあり、2008年の利用者は合計約11万8000人。うち松戸は約36000人で増加しています。
 前田憲司所長は、少人数のパソコン講座、空調機器の取り付けやオートバイなどの修理、建築士、理容師などの実技講習、離職者や再雇用求職者の支援など多彩な事業をおこない、各分野の団体から高い技術の専門家がボランティアで講師にくることなどを紹介しました。「もうけ主義ではなく、他ではできない勉強を教えている。かかわる団体も多いので裾野が広く、働く人に手厚い」と話しました。
 さいとう候補は「センターが担う事業の大事さを痛感した。雇用が大変厳しいなか、廃止ではなく存続が必要。そのためにがんばりたい」と語りました。
 2月県議会では党県議団が提出した「地域職業訓練センターの全廃方針の撤回を求める意見書」が自民、公明、民主の反対で否決されました。また県立高等技術専門校が2000年の10校定員1403人から2010年には6校589人へ、10年間で激減。遠方の東金市から松戸の職業訓練センターへ通う人もいるなど、同センターの重要性が高まっています。

2010年3月24日 (水)

沖縄・安保を知るつどい

 夜は、市川市文化会館へ・・・市川と浦安の党と後援会主催の「参院選勝利!基地のない沖縄・日本を! 沖縄・安保を知るつどい」です。

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 冷たい雨が降る中、会場は満杯!!第1部は、琉球の本格的な踊りと、沖縄民謡。みんなで、手をあげ、エイサーを踊り、「沖縄を返せ」の大合唱。

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 続いて、沖縄視察報告を、岡田幸子県議が行いました。なんと、この企画を準備する過程で、実際に沖縄に行き、普天間基地や、移設反対をかかげて当選した稲嶺ススム・名護市長と懇談してきたそうです。

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 第2部は、小泉親司(ちかし)元参議院議員・党中央基地対策責任者が、講演しました。

 普天間基地をめぐって、民主党は迷走に迷走を続けています。

 それは、沖縄県民は、名護市長選挙でも明確になったように「基地はいらない」という強い意志を明確にしている。昨年8月の総選挙で、自民・公明の議席は0。参議院も1議席のみ、この間のすべての選挙で、基地反対の候補が勝っている。

 にも関わらず、民主党は、沖縄にもってこようとしているところに矛盾がある。

 同時に、普天間基地の移設にこだわる限り、この問題はとけない。

 そもそも普天間基地は、銃剣とブルドーザーで住民を追い出して作ったもの。本土は、帝国陸海軍が使っていたものを、そのまま基地にしたため、ほとんどが国有地。だが、沖縄は民有地。

 しかも、アメリカが基準にしている、基地から900m以内は建物を建ててはいけないとされている「クリアゾーン」。普天間基地の場合、この「クリアゾーン」内に、学校など公共施設が18ヵ所、住宅800戸、人口3600人が住んでいます。常に危険と隣り合わせの状況です。

 基地周辺の住民の思いは、「自分のような思いを、他の沖縄の人にも、本土の人にも誰にもさせたくない」。

 にも関わらず、移転先に上がっていた辺野古に計画された基地の大きさは、甲子園球場の52倍、うち埋めたてるのは、甲子園球場の36倍の面積で、しかもサンゴや、ジュゴンが生息しているきれいで、貴重な海です。

 さらに、いま普天間基地には弾薬庫や、埠頭はありませんが、新たな基地の計画には、弾薬庫も、214mもの埠頭までつくるのです。つまり、移転ではなく、普天間よりも基地を強化し、最新鋭の基地を新たに作るということです。

 しかも!それを、すべて日本の税金でつくるということです。

 1972年の沖縄の本土復帰以来、一貫して南部地域の基地は縮小・撤去されてきたのが、沖縄の歴史です。その今までの歴史にもない、日本の歴史にもない、歴史に逆行することをやろうとしているのです。

 沖縄にいる海兵隊は、戦争に真っ先に行く部隊で、そもそも軍隊の性格がまったく日本を守るための部隊ではないのです。

 日本全国に米軍基地は134ヵ所。東京23区すべての面積の1.6倍が、アメリカ軍に占領されています。

 しかも、土地だけではなく、空もアメリカに支配されている。羽田空港の上は、横田エリアに入っているため、米軍の管制エリアです。飛び立つときは、海に向かい急上昇する。沖縄は、逆に、低空飛行をし、着陸する。米軍が上で、民間が下と決められているからです。どちらも、米軍の管制エリアにかからないための飛行です。

 など、非常に勉強になり、あっという間の講演でした。本当に話を聞けば聞くほど、知れば知るほど、日本はアメリカに牛耳られていると痛感します。普天間基地の問題でも、日本の政府は、国民の代表者なのだから、移転先など探さずに、無条件撤去を主張すべきで、それが、主権国家としてのあたり前の主張ではないかと思うのです。

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 最後に、私は、憲法9条をかかげ、日本には基地はいらない。普天間基地は無条件撤去をと胸を張って主張できる唯一の政党、日本共産党の候補者として、がんばる決意を話しました。

ふなばし派遣村

 朝9時30分 JR船橋駅南口フェイスビルの6階、きららホールで、「ふなばし派遣村」の開村式です。

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 船橋市内の労働組合や、民主団体のみなさんなど、思った以上にたくさんの方が参加していました。役割分担をして、私は、丸山慎一県議、渡辺ゆう子、岩井友子両船橋市議と共に、相談を受ける側の担当になりました。

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 エレベーターを降りると、受付があります。ここで、基本的なことを伺い、弁護士、ソーシャルワーカー、心理士、議員、労働組合や、青年ユニオンのみなさんなどが、それぞれの相談内容によって、ブースで具体的な話を伺いました。

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 この日、相談に訪れた方は36名。驚くことに、半分の13名の方が生活保護の申請に行くことになりました。

 雇い止めにあったり、仕事を探していても見つからず収入が底をつく。相談にきた28歳の青年も、派遣の仕事で食いつないできたが、仕事がなくなり、1日1食、ネットカフェを転々をしながら、20日前に千葉にきたそうです。

 その他にも、建設関係の自営をやっている方が仕事がない。入院をきっかけに借金をし、仕事もできず返す見通しがなくどうしたら良いのかと、すがるような気持ちで、相談に訪れた様子の方など、実態はますます深刻です。

 私も話を伺いましたが、「どうしよう」「まずい」と思っても、「自己責任」という思想が、あらゆる場面で徹底されているために、相談もできず、抱え込み問題をさらに、深刻化させてしまっている状況があるということを感じました。

 困ったときに「自己責任」だと切り捨てる社会の思想事態が、いまの日本の閉塞感を拡大しているのではないかと・・・

 そんなことを思いながら、千葉の事務所での会議に向かいました。

 

2010年3月23日 (火)

卒業そして長生村へ

■宣伝

 千葉大学の卒業式が行われる千葉ポートアリーナに向かう歩道橋で、「卒業おめでとう!」と労働相談の電話などをのせたチラシを配布しました。

 就職内定率が最悪と言われる状況のもとで、ふと「おめでとうございます」と言いながら、複雑な思いの卒業生もいるんだろうな・・・と思っていると。

 あれ?見慣れた顔が・・・「えーーそうか!卒業なのか!!」

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 なんだか、寂しさがこみ上げてきました。いつも笑顔で現れ、坦々としているんだけど、すごくしっかりしていて、彼女がいると不思議とホッとできました。

 そんな彼女も今日で卒業、東京の病院に勤務するそうです。小児科という過酷な現場をあえて選択した彼女の気持ちを、本当に支えられるような政治を実現したい!!そんな気持ちがこみ上げてきました。

■長生村へ

 昨日に引き続き、長生村へ。

 八積駅のすぐ近くに構えられた、関かつや・長生村議の事務所で、緊急の演説会に向けた決起集会が行われました。

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 私も、日本共産党をとりまく情勢の変化や、この間の宣伝をしている中での反応などを紹介しながら、決意を話しました。

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 緊急の呼びかけにも関わらず、多くの方が参加してくださいました。関さんも、あいさつで、話していましたが、事務所の建設や後援会ニュースの配布など、今までになく、多くのみなさんが支えてくださっているそうです。

 地域の住民のみなさんの要求にもとづき、その実現のために一歩でも政治を良くしようとする日本共産党の草の根の力を実感します。

2010年3月22日 (月)

船橋から長生へ

■直売所にて・・・

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 わが家の直売所を手伝ってくれている方が中心になり、フリーマーケット?野菜を中心に、洋服や食器なども並んでいました。弟夫婦に、叔母さん、両親の友人など、久しぶりにお会いすることができた方も手伝いに来てくれていました。

 なんだか、こういう地域で交流できる場所って大事だなぁ~と。なんとも言えない、あったかい雰囲気に、地域コミュニティーのあり方を考えてみたくなりました。

■長生村へ

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 八積(やつみ)駅です。(茂原の次の駅) 写真中央の奥にある建物が、3月27日午後2時~日本共産党演説会を行う、長生村文化会館です。駅から徒歩8分ぐらいの所です。

 その演説会のお誘いに、鈴木せいお・長生村議と、まわりました。

2010年3月21日 (日)

強風に負けず市原から船橋へ

 朝から本当に身の危険を感じるような強風で、電車は運休、遅延などめちゃくちゃな状況でした。五井駅から船橋駅に、分刻みで移動しなければならないのに・・・と、ヒヤヒヤしていましたが、無事2つの「つどい」に、間に合いました。

■市原 「春のつどい」

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 あいさつ後、すぐ会場を出なければならなかったので、開場前に会場に行き、みなさんと握手。

 「あら、手冷たいわねぇ~!」と、驚かれます。

 拍手に見送られ、そそくさと駅へ・・・遅延していたことで、なんとタイミングよく総武線快速の直通電車に乗ることができ、乗換なしで、五井から船橋へ

 ちょうど、比例予定候補の田村智子さんが、講演を終え、市原へ向かう入れ違いになりました。

■船橋 「春をよぶつどい」

 船橋市議のみなさん、丸山慎一県議、淀裕一・新西部地区委員長の挨拶の後、私の出番です。

 久しぶりに船橋市の後援会のみなさんに会えた歓びと、安心感でなんだか、胸がいっぱいになってしまいました。2007年11月に総選挙の候補者発表をしてからの約2年間、本当に、みなさんに支えていただいたこと、たたかい抜いた一体感が、今でも私の支えになっていることを痛感しました。その思いを、素直に話している自分に、我ながら少しビックリでした。

 第2部は、各後援会の出し物です。

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 太鼓、獅子舞、替え歌に、民謡、ボリビア?音楽と、多彩です。

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 私も舞台にあがって、一緒に参加(笑) 

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 最後は、お一人おひとりと握手!! 「がんばってね」「がんばろうね!!」「相変わらず手、冷たいわね(笑)」「身体、きをつけてね」と、声をかけていただき、あったかい気持ちになりました。

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 私のイメージカラー、オレンジ色でコーディネートされた花束もいただきました。たくさんの、元気とエネルギーをもらいました。

2010年3月20日 (土)

経済・雇用など5つの提言

■我孫子 女性後援会

 我孫子市の女性後援会のみなさんと、湖北駅、天王台駅、我孫子駅など4ヶ所で宣伝しました。2月に行われた我孫子市「女性のつどい」で、自己紹介を含め決意を話したことがきっかけになり、「ぜひ、宣伝をやろう!」と盛り上がったそうです。

 集合場所に行くと、「あー斉藤さん!」「あのつどいで、こっちが元気もらったのよ」と、非常に嬉しい声をかけていただきました。

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 演説が終わると、60代ぐらいの男性が近づいてきて、勢いよく「がんばれよ!!」と声をかけてくれ、ガッチリ握手しました。はじめ非常に好意的だったので、支持者の方かなと思ったら、「実は、総選挙は民主党に入れたんだよ。でも、ダメだ。あれじゃ!」と。

 「何が一番ダメですか?」と聞くと、「自民党と、一緒じゃないか」「やっぱり、今度はちゃんとしてる共産党に、がんばってもらわないと」と話してくださいました。

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 他の駅でも、タクシーの運転手さんが「景気が悪くて、金がまわらないんだからダメだよ。ばら撒いたって、貯金にまわっちゃうんだから」と。

 「本当にその通りですよね」と、経済を立て直す上でも、社会保障を充実させて生活不安、老後の不安を解消していくことが必要だと考えていること。消費税の増税は消費をますます冷え込ますことになるから、絶対にやってはいけないと考えていることなど、話しました。

 11日に経済懇談会が開かれ、志位和夫委員長が「経済危機から国民の暮らしを守るために政治は何をすべきか――日本共産党の5つの提言」を報告していますが、ぜひ、多くのみなさんに、読んでいただきたいと思います。

■雇用破壊ストップ!雇用学習会

 日本共産党国民運動委員会の日野徹子さんを講師に、この間の雇用問題の学習をしました。日本共産党が国会論戦で、派遣労働の問題を一貫して取り上げてきたこと。国会と連携した、現場でのたたかいによって、成果を勝ち取ってきた経験などが報告されました。特に、労働者派遣法の改定案が出されていますが、その案には抜け穴があり、けっきょく派遣労働の8割弱が規制の対象外になるものになっている。やはり、たたかいが大事であることが強調されました。

 派遣法改定「大穴」残し閣議決定(「赤旗」20日付・主張)

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 私も、決意を含め挨拶しました。

2010年3月19日 (金)

誰がやったって変わらない?

 日本共産党の首都圏いっせい宣伝の今日・・・

 毎週金曜日、丸山慎一県議、金沢和子市議が行っている、船橋駅北口での朝宣伝に私も参加し訴え、地域の後援会のみなさんと一緒に、「赤旗号外」のチラシを配布しました。

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 いつも声をかけてくださる方が「今度こそ、がんばらないとな。共産党のがんばり時だぞ!」と力強く握手。

 一方で足早に改札に向かう女性が、「誰がやったって変わらないわよ!」と、独り言のように言われました。政権交代から半年、自公政権が進めてきた政治への怒りと同時に、それを変えられるのは民主党!という期待が大きかっただけに、今の政治に対する不信感、裏切られた感は、大きいのではないか・・・。

 「誰がやったって変わらないわよ!」と、言い捨てたくなる気持ちが伝わってきました。

 だからこそ、政権が発足してから一貫して、一歩でも政治を良い方向に進めようと、党首会談や、国会論戦、国会の外でも地域での署名行動など、他の政党にはない日本共産党ならではの果たしてきた役割、姿を知ってもらいたい!という気持ちが強くなりました。

2010年3月18日 (木)

テレビの中の性的マイノリティー

 3月14日の夜。柏での「女性のつどい」の後、私は代々木に向かいました。

 ちょうど1年前、ある青年と「同性愛」について話す機会があり、あまり真面目に考えたことがなかった私は、知人のつてで、あるグループ?「さらだ(セクシュアルマイノリティーと人権を考える会)」の方と出会うことが出来ました。

 その、さらだ企画第4回「テレビの中の性的マイノリティー」の講演を聞きに行きました。

 日本のマスメディアが性的マイノリティーを取り上げる場合、「性同一性障害」がニュースになる一方で、バラエティーでは笑いの対象になる。また、「おねぇ~!」と言われる「女らしいゲイ」は登場するが、「男性らしいゲイ」や「レズビアン」は出てこない。マスメディアの影響力は絶大で、ドラマなどの取り上げ方の影響で「性同一性障害」だと受診する10代の子どもが急増しているなどの話がされました。

 男性優位の日本社会の中で、賃金は女性と言うだけで安くなる。テレビの中に登場する性的マイノリティーも、その日本社会の底流にある女性差別に影響されているという話は、なるほど!!と、非常に勉強になりました。

 「誰もが人間らしく生きられる社会」。それは、違いを認め合い、お互いを尊重し合うことから始まるのではないかと私は思うのです。

 「自分と違うものを排除する」この思想が、戦争へとつながる、悪魔の法則のような気がしてなりません。

2010年3月17日 (水)

3月24日船橋で「派遣村」

 3月24日(水)午前10時~午後3時まで、JR船橋駅南口からすぐの、フェイスビル6階「きららホール」で、ふなばし「派遣村」が開設されます。

 船橋市内の労働組合、民主団体のみなさんが実行委員会を作り準備をすすめています。1週間前の今日、当日の運営や、この間の取り組みなどを交流する事前集会が行われました。

 青年ユニオンのこの間の取り組みや経験、建設業者、商店、介護職場で働くみなさんの実態などが報告されました。

 日本共産党の丸山慎一県議、渡辺ゆう子市議と共に、私も参加しました。

2010年3月16日 (火)

泊まりで茂原・長生へ

■15日 茂原で

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 地域のみなさんなど総勢10名で、演説している周辺でビラを配り。5ヵ所で約1000枚のチラシを配布しました。

 その後、茂原市議の飯尾さとる市議と平ゆきこ市議と、演説会のお誘いなどで訪問。「息子の就職がうまくいかず・・・」と、心配する親御さんや、「地域経済を活性化しないと、どうにもならん」などと対話に。

 夜は、青年たちと懇談

 学費のこと、仕事のこと、消費税を上げずに財源はどうするのか?事業仕分けはどうだったのか?「思いやり予算」とは?景気はどうしたら良くなるのか?などなど、話はどんどん展開し、あっという間に予定していた2時間をオーバー。

 3月27日長生村文化会館での演説会終了後に「青年のつどい」を開催することに。 

■16日 長生で

 長生村では、4月13日告示、18日投票で、長生村議選が行われます。

 朝から長生村に入り、午前は、鈴木せいお村議【写真左】と。午後は、関かつや村議【写真右】と宣伝、訪問などをし、3月27日の演説会のお誘いをしました。

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 あるお店では、チラシを見てご主人が「船橋のどこなの?」と。「坪井です」と答えてみたものの、わかるのだろうかと思ったら、息子さんが「北習志野ですよね」と、なんと市立船橋高校出身であることが判明。一緒にいた、鈴木せいお村議も、「こんなこともあるんだねぇ」と歓心。

 伺ったお店では、どこでも「不景気で、商売が大変」というお話でした。それでも、20代、30代ぐらいの若いみなさんが、親の家業を継いでいる。すごいことだと思います。そこを応援する上でも、地域経済の活性化は必要です。

 この間、長生村では、国保料が値上げされ、積み立て金が1億8000万円あります。その3分の1を切り崩せば、2万円の国保料引き下げができると、日本共産党は提案しています。

 地域経済を活性化するためにも、開発に頼るのではなく、国保など少しでも負担を軽減して、住民の懐をあたため、住民に依拠して活性化していくことが必要だと思います。

2010年3月14日 (日)

野田市議選・事務所びらき

 5月23日投票の野田市議会議員選挙に向けて、日本共産党の3人の予定候補の事務所びらきに、参加しました。

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 旧関宿町の、ちくだ祐子・野田市議の事務所びらきからスタート。 

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 次は、私が2年間勤めていた、清水高校の近くの、松本睦男・野田市議の事務所へ

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 最後は、金子博美・野田市議からバトンを受け継ぐ、おだ真理さんの事務所びらきです。

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 私にとって、野田市は、自分が生まれ育った船橋市についで、思い出深い町です。

 大学卒業後に、県立清水高校(食品化学科)で、2年間常勤講師を勤めました。その2年間は、私にとって語りつくせない、本当に貴重な経験の連続でした。

 今でも印象に残っていることがあります。数人のグループで研究発表をする授業があり、そこにほとんど参加していなかった生徒に、担当の先生が、レポートの課題を出しました。

 私の隣の席で、一生懸命、その生徒がレポートを書いては、担当の先生に提出し、つきかえされて戻ってきました。何度目かは忘れましたが、生徒がつぶやきました「何を書いたら、許してもらえるんだろう」と。

 私は、生徒が書いたレポートを読ませてもらった気がします。そして、「先生は、なんで、あなたにレポートを書きなさいって言ったんだろうね?考えてみたら?」と。

 少したって、その生徒は、ポロポロ泣きながらレポートを書き始め、再び提出し、戻ってきました。「先生受け取ってくれた」と、涙目になりながら報告し、帰っていきました。

 自らを振り返り、何かに気づく! その生徒の姿に、私もウルウルしてしまったことを覚えています。

 そして、今日も嬉しいことがありました。松本事務所で昼食をとっていると、メールが届きました。「先生こんにちは。今、実家に遊びに来てるんですけど…あっ実家関宿なんですけど…ベジタブルこちやの前で演説してたの先生ですか?・・・頑張ってください」と。(上の生徒とは別の生徒です)

 この生徒は、以前、この私のブログを発見し、結婚して神奈川で子育て中だとメールをくれた生徒でした。

 こんな偶然もあるものだなぁ~と、すごく嬉しくなりました。

■柏市女性後援会

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 夕方は、柏市女性後援会の「春をよぶつどい」に参加し、自己紹介を含めて、決意を話し、懇談しました。

 実はね・・・「農家に、ポスターを貼らせてくださいってお願いに行ったら、ダメだって断られたんだけど、斉藤さんは農家出身なんです。って話したら、貼らせてくれたのよ。JAの会長さんが、農業政策では共産党と一致するってメッセージ寄せてくれたけど、そういう思いが広がっているのかもって思ったのよ」と、嬉しい話も飛び出し、みなさんから元気をいただきました。

2010年3月13日 (土)

予防接種

 船橋市内5ヵ所で訴えました。とにかく、風が強く、吹き飛ばされそうでした。

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 近くにいた子ども連れのお母さんに声をかけました。「子育てとか、どうですか?」

 すると「言いたいことは、たくさんあります」「予防接種が高くて、まわりでもとてもじゃないけど、受けさせられないって、みんな言っています」と。特にヒブワクチンは、(病院にもよりますが)1回約9000円小さい子だと、それを3、4回にわけて受けることも。3人子どもがいれば、予防接種だけで、10万円近くになってしまいます。

 貧困が問題になるもとで、子どもの命や健康をも脅かすような状況は異常です。日本共産党は、ヒブワクチンの「定期接種」に踏み出すべきだと求めてきています。

■草もちつき

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 坪井・古和釜地域の後援会のみなさんの草もちつきに、参加しました。

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 餅つき後は、手料理を囲み、みなさんと懇談しました。

 一昨年、日本共産党の「つどい」で、日本共産党に入ったIさんが。「最近、赤旗新聞を読むのが楽しみになってきた。テレビでもやってないこと、生活に関わる身近なところの話が、こまかく書いてあって、もっと早く知ることができたら良かった」と、話します。

 私も最近思うのは、テレビのニュース番組を見ていると、本当に暗くなります。この国は、犯罪だらけで、展望が見えない。殺伐とした世の中に嫌気が差してきます。

 そんなとき、「しんぶん赤旗」を開くと、日本は捨てたもんじゃないなぁ~!と、あったかい気持ちになります。

2010年3月12日 (金)

重税反対in千葉・市原

 3・13重税反対 全国統一行動 千葉西地区と市原・千葉南地区の集会に参加しました。

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 千葉西地区集会では、小松実県議と共に参加し、あいさつしました。

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 その後、蘇我で行われた市原・千葉南地区集会へ

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 及川こうき・市原市議(写真・左から2人目)と共に参加し、みなさんと一緒に税務署までデモ行進。

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 途中、学校帰りの小学生と一緒になり、「消費税増税反対!」のシュプレヒコールに、「はんたーい!」と、かわいい声が追いかけてくる。なんとも、ほほえましい場面も。

 小学生にとって消費税の増税ほど、重い負担はありません。

 みんなが一律に負担する消費税は、平等に見えて、一番不公平です。収入のない小学生からも、税金を取る。食料品など生活必需品には、税金をかけない方向にこそ、踏み出すべきです。

2010年3月11日 (木)

重税反対in柏

 3・13重税反対 柏地区総決起集会に参加しました。

 集会では、実行委員長の柏民主商工会の吉田さんがあいさつし、千葉土建、消費税をなくす柏の会、新婦人柏支部、東葛総合法律事務所、東葛労連、日本共産党から私が、それぞれ来賓として挨拶しました。

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 集会後は、デモをしながら税務署に向かいました。

 「あいさつわかりやすかったわ。本当に税金とられてばっかりで頭にきちゃう」「必死な思いで、税金払ってるのに!」「ホント、税金取り戻さなきゃね」「そうそう、家にポスター貼ってあるのよ」「うちも貼ってあるわ(笑)」「がんばってよ!!」と、みなさんから声をかけていただきました。

2010年3月10日 (水)

重税反対in船橋

 3・13重税反対全国統一行動 船橋地区集会に参加しました。

 毎年確定申告のこの時期、全国各地で開かれるこの行動は、全国600ヵ所、20万人が参加する一大行動になっています。

 船橋地区集会には、日本共産党から、丸山慎一県議、佐藤重雄・船橋市議と共に、私も来賓として参加し、あいさつしました。

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 船橋民主商工会、千葉土建船橋支部、農民組合、年金者組合、船橋労連のみなさんが、それぞれの立場から実態の告発と活動報告を行いました。

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 集会後は、税務署に向けてデモに出発です。

 私は、ここでみなさんを見送り、千葉の事務所での会議に向かいました。

 雪だとか、雨だとか天気も心配されましたが、風は冷たかったですが、晴れてよかったです。

2010年3月 8日 (月)

3・1ビキニデー

 ちょうど1週間前の3月1日は・・・

 1954年3月1日未明、太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁で、アメリカが水爆実験(広島型原爆の1000倍の威力)を行い、1000隻以上の日本の漁船が被爆した日です。

 この実験で被爆した、静岡県焼津港の第5福竜丸(乗組員23人)の無線長、久保山愛吉さんは「原爆の被害者は最後にして欲しい」と言いのこし、この年の9月23日に亡くなります。

 広島・長崎・ビキニと三度の原爆被害に、日本中で怒りの行動がわき起こり、原水爆禁止署名は1年余で有権者の半数3400万人に広がります。翌年1955年には、第1回原水爆禁止世界大会が開かれ、以来、被災犠牲者を追悼し、核兵器のない世界への決意を新たにする機会として、静岡県焼津で毎年3月1日にビキニデーが開催されています。

 千葉県では、2003年多くの青年たちで、このビキニデーに参加しようとバスツアー「ピース☆バス☆チバ」を立ち上げ、その後、広島、長崎へのバスツアーを毎年続けています。

 その立ち上げから関わってきた私にとって、活動の原点がここにあります。

 先日、2月28日のビキニデー日本原水協全国集会で、原水爆禁止日本協議会の高草木博・事務局長の基調報告がメールで送られてきました。

 それを読みながら、改めて核兵器廃絶のために、仲間たちと一緒に署名を集め、折り鶴を街頭で集めながら、平和への思いの輪を広げてきた自らの活動を振り返り、熱い思いがこみ上げてきました。

 少し、長いですが、基調報告を紹介します。

●2010年3・1ビキニデー日本原水協全国集会 基調報告

 ビキニ被災から56年。2010年3・1ビキニデーは、大変重要な会議になろうとしています。

 その重要性にふさわしい皆さんをお迎えしています。まず、ビキニ事件の真実を訴え、たたかいを続けているマーシャル諸島ロンゲラップのアバッカ・マディソンさん、元第五福竜丸乗組員の大石又七さん、来賓の日本被団協の小西悟さん、日本共産党・緒方靖夫さん、そして海外からお見えのジョゼフ・ガーソンさん、リサリンダ・ナティビダドさん、チョン・ジョングォンさん、イ・ジュンキュさんです。主催者を代表して心からの歓迎と連帯のあいさつを送ります。数日前、静岡の被爆者杉山秀夫さんから、お便りをいただきました。「原爆症の認定を受けた。病気にまけずがんばっている。集めている署名が1400筆になった」とのことです。会場にお見えなのであわせてご紹介します。

 21世紀10年目のいま、世界は大きく変わりつつあります。

 イラク反戦で世界が燃えた2003年2月15日から7年目の今月15日、世界250の反核平和団体は、オバマ大統領と世界の指導者に、核兵器廃絶のためにただちに交渉を開始するよう求め、世界キャンペーンの開始を宣言しました。その頂点となるNPT再検討会議開催の前日、5月2日のニューヨーク行動には、全世界から「核兵器のない世界」を求める諸国民の意思が結集されます。人々は、もやは「リメンバー・パールハーバー」ではなく、核兵器の全面禁止・廃絶のために、アメリカ人も日本人も、そのほかの国の皆さんも手を携えて行動するでしょう。

 その日に向かって、「核兵器のない世界を」求める署名の取り組みにも各地で拍車がかかっています。たくさんの被爆者のみなさんが行動の先頭に立っています。住民の呼びかけに行政が応え、宮崎県・都城ではじまった自治体ぐるみの署名が北海道から九州・沖縄まで、第五福竜丸のふるさと焼津をふくめ、全国に広がっています。その数は、すでに400万筆を大きく越え、賛同を寄せた市町村長は700余名、全国の首長の40%に達しようとしています。

 昨日、今日、明日の3日間の討論で、互いに学びあい、元気を分かち合い、この流れを全国の隅々に押し広げ、5月には必ず被爆国日本国民の意思をニューヨークに届けようではありませんか。

 変化を生み出したものは、無法なイラク攻撃を阻止するために全世界で立ち上がった幾千万の人々の行動であり、ブッシュ政治に審判を下した米国と世界の人々の見識であり、憲法と非核三原則を踏みにじる自公政治に審判を下した日本国民の選択でありました。

 変わって登場したアメリカのオバマ大統領は、世界にむかって「核兵器を使ったことのある唯一の国の道義的責任」として、「核兵器のない世界の平和と安全を追求」すると言明しました。鳩山首相もまた安保理事会首脳会合の場で「核兵器廃絶の国際努力の先頭に立つ」と誓いました。

 しかし、皆さん、現在の米国と日本の政府の動きは、これらの約束も、人々のさらに大きな圧力がない限り、実行に移されるものでないことをはっきりと示しています。

 昨年11月、来日したオバマ大統領は確かに、核兵器のない世界を追求すると繰り返しました。しかし、同時に彼は、世界に核兵器がある限り、アメリカも「強力で効果的な核抑止力を維持する」と明言しています。10日前にはバイデン副大統領も、オバマ大統領の言葉を引きながら、「われわれが必要とする限り、安全、確実、効果的な抑止力を維持する」と述べ、核兵器研究・開発の大幅な強化さえ打ち出しています。

 一体、核兵器を持つ国がたがいに、「世界に核兵器がある限り自分も持つ」と宣言しあっていて、「核兵器のない世界」は実現するのでしょうか?核を持つ国がそういう姿勢をとっていて、核拡散は止まるのでしょうか?だれの目にも答えは明白に「ノー」でしょう。

 核兵器廃絶にかかわる鳩山内閣の姿勢も、共通の問題をはらんでいます。確かに、鳩山政権は核持ち込みの密約調査を命令し、アメリカの新たな「核態勢見直し」との関連では、非核兵器国への核の不使用や核兵器の唯一の役割を他国からの核攻撃の抑止に限定する方向を示すなど、自公政権の政策に手直しを加えようとしています。しかし、もし根本のところで、核兵器の禁止そのものを主張せず、日本の安全がアメリカの核によって守られると主張し続けるなら、どのような微調整も、核兵器のない世界に向かわないことは明らかです。

 実際、昨年秋から暮れにかけての国連総会軍縮審議では、アメリカ代表が「核兵器のない世界」を口にしながら、実際に核兵器禁止の交渉開始を提起したマレーシアなどの提案、さらには、核兵器使用禁止条約の提案にも真っ向から反対したとき、日本政府もまた、自公政権当時と同様、核兵器禁止条約の交渉を「時期尚早」と退け、棄権にまわりました。

 現実はどうでしょう。いま、世界の国々のうち、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮を除くすべての国は核不拡散条約に加盟しています。その数189カ国の中で184の国々は、自らに「核兵器を取得も開発もしない」という条約上の義務を課し、民生用核施設を持つ国は基本的にIAEAの査察を受け入れています。さらに、核兵器禁止条約の交渉をというマレーシア提案には、核保有国の中国とともにNPTに不参加のインド、パキスタン、北朝鮮も賛成票を投じています。このことは、核兵器全面禁止が「時期尚早」どころか、核兵器を持つわずかな国が決断すれば、この瞬間にでも着手できるものであることをはっきりと示しています。

 私たちは、いま、一人一人が手にしている署名が訴えるように、オバマ大統領はじめ世界の指導者に、核兵器全面禁止・廃絶の交渉に直ちに入るよう強く求めなければなりません。同様に、日本政府に対しても、「日米同盟=日本外交の礎」という虚構をやめ、被爆の国民的体験と日本国憲法を基礎に、核兵器の全面禁止を主張するよう強く要求しようではありませんか。

 最後に、私はこの報告者の任務として当面の行動を提起します。

 その第一は、国民の10%、1200万筆の署名、全国自治体首長の過半数の賛同という、目標を全国的にも、それぞれの分野、地域でも必ず達成することです。NPTの会期は5月3日から28日ですから、目標とするデッドラインは5月28日です。しかし、署名を寄せる人は誰もが実際にNPTに提出されることを期待しています。そのために3月16日東京からニューヨークまで船を出します。皆さんの代表が何千枚もの署名用紙を担いでいかないですむように、行動を急いでください。

 私たちの目標は、都城のような取り組みを全国すべての市区町村、職場、地域、学園に広げることです。同時に、署名の初心をもう一度、思い返してください。全国の団体でも先陣を切る新日本婦人の会が、Faxでニュースを出しています。そこから伝わってくるものは、100万を超える署名を集めた団体であってもなお、ひとりひとりが核兵器の禁止を求め、自分を意思を表してくることの感動です。初心と大志を結びつけて、必ず目標を達成しましょう。

 第二は、署名運動と結び、「核の傘」から離脱し、憲法と非核三原則を実行する非核日本をめざす運動をさらに前進させることです。軍事同盟と「核抑止力」に依存する限り、鳩山内閣もまた沖縄県民が求める普天間基地の撤去、東京湾に陣取る原子力空母の撤去、グァムの米海兵隊基地建設を含む米軍の再編強化、どれをとっても問題が解決されないことはすでに明らかです。ましてや、自分の国は「核の傘」の下にありながら、「核兵器廃絶の先頭に立つ」といっても、説得力がないことは明白です。NPT再検討会議とともに開催される国民平和大行進でも、核兵器廃絶とともに、核密約の公表・破棄、非核三原則と憲法の実行、非核平和の日本を求める世論を大いに高めていこうではありませんか。3月20日には、非核神戸35周年の集会が神戸で開催されます。核密約追求の第一人者でもある不破哲三、新原昭治の公園も予定されています。たくさんの皆さんの参加を期待します。

 最後に、特に、若い皆さんへの呼びかけです。いま、世界に広がり続ける核兵器廃絶の流れ-それは、1945年8月、傷つき、身寄りを奪われ、未来への希望を奪われ、人間を奪われた被爆者の叫びを原点とするものです。2003年4月から6年、全国でたたかわれた原爆症認定集団訴訟の歩みをつづった記録「にんげんをかえせ」の中で、著者の長谷川千秋さんは、こういっています。「60余年たった今なお続くつらい人生をさらけだしての原告の皆さんのたたかいが、裁判官を、世論を動かし、政府を追い詰めていった・・・振り返れば集団訴訟全体が核兵器廃絶を願う壮大な語り部のように思えてくる」。
 若い世代の皆さんが、被爆者の皆さんを訪れ、体験を聞き取り、被爆者の願いとたたかいを、継承して欲しいと思います。NPT・ニューヨーク行動へ、そして原水爆禁止2010年世界大会へ、その具体的な活動を広島で、長崎で、全国で発展させていこうではありませんか。

以上

2010年3月 7日 (日)

千葉市から牛久へ

■千葉市後援会総会

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 千葉市後援会の中村敏夫会長があいさつ。比例予定候補の田村智子さんと共に出席し、あいさつしました。

 田村智子さんは、先日の小池晃政策委員長(東京選挙区)の国会質問を紹介し、国民の思いを代弁できる日本共産党の議席の値打ちを痛感していること、その議席を増やさせてほしいと決意を述べました。

■市原市の南総加茂後援会

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 市原市の牛久へ移動し、南総加茂後援会のつどいに参加し、あいさつしました。及川こうき・市原市議が議会報告。

 手作りのおしるこ、焼き芋、ふきのとうのてんぷらをいただきました。

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 最後は、みなさんでサックスの伴奏で、「春がきた」を歌いました。

 「元気があって良い」「実際に自分が感じた思いを話していて、すごく良かった」と、握手してまわると声をかけていただき、ホッとしました。

2010年3月 6日 (土)

海を守りたい!思いは一つ

 長生郡一宮町でサーファーのみなさんが、海岸浸食対策について、県知事宛の署名を10日間で36,000筆集めたということが話題に。

 さっそく、現地に行き、その活動の中心になっている「一宮の海岸環境を考える会」の副代表、鵜澤清永さんから、お話を聞きました。

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 鵜澤さんは、地元育ちのサーファー。

 千葉県は、砂浜の浸食をストップさせるために、昭和58年から、のこぎりの歯のように、砂浜から海に向けて10本の人口岬を作る工事を進めます。しかし、なかなか思ったような改善が見られず、砂浜は狭くなってきているそうです。 

 また、海岸は9月に行われる「裸祭り」と呼ばれる無形民俗文化財の「十二社祭り」のお神輿がそろう祭典場にもなっています。昔は600kg以上あるお神輿を担ぎ、砂浜を走りぬけるのが、「裸祭り」の目玉だった。それが、人口岬ができたために、「今は、砂浜ではなく、コンクリートの上を走ってるんです」と。

 鵜澤さんは言います。「海外に行って、どこから来たと聞かれ、千葉と応えると“コンクリートポイントね”と、言われるんです」と。

 しかし、祭典場にもなっている「志田下」は、サーフィンの世界選手権が開催されるほど、サーファーにとっては、憧れの地。雑誌の表紙に「志田下」と入るだけで、売れ行きは倍増する。しかも、九十九里浜沿いを南北に走る、波乗り道路は、30~40万人が利用し、その7割以上がサーファーだとも・・・地域経済にとっても、海の存在は重要だと話します。 

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 実際に、現場を見てきました。

 とにかく、きれいでした。ゴミがない。サーファーのみなさんで、海のゴミ拾いもしているそうです。同時に、“コンクリートポイント”と言われることも、納得しました。

 「今あるモノを壊せとは言ってないんです。海岸の浸食をどうしたら止められるのか、どういうやり方が良いのか、有効な方策が見えていません。だとしたら、ここまで出来てしまったものを使って検証し、どうしたら砂浜を、海を守れるのかを見つけ出したら良いと思うんです。そのためにも、毎日のように海に入っている自分たちの意見を聞いて欲しいんです」と。

 鵜澤さんの非常に建設的で、熱い思いが伝わってきます。

 これまでも、国土交通省や、県に繰り返し要請をしてきたが、応じてくれなかった。それなら!と、署名を呼びかけたそうです。

 署名は、インターネットを通じ、世界中へ。次々と署名が送りかえされ2月6日に呼びかけた署名が10日間で、36,000筆。「今では、10万を超えているんじゃないかなぁ~」と。

 その力は、鵜澤さんたちが一番要望してきた住民も参加する検討会「海づくり会議」(仮称)を開く方向に、大きく動かしました。

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 さらに、【写真左】あきば博敏・一宮町議が、この問題を議会の中で取り上げる予定です。

 最後に、鵜澤さんが「ぜひ、見てください」とDVDを渡してくれました。

 華麗に波をつかみ、かけぬける?サーファーたちの姿。この海を次の世代に引き継ぎたいという熱い思い、サーファーたちの笑顔があふれた映像でした。

 最後に・・・

 「この作品は決して現在の護岸整備について、反対するものではありません。あくまでもサーファーの視点からのさまざまな意見や現在の海岸状況を映像化したものです。ただこの作品を通じて日本最長と言われる海岸で起きている、テトラポットやヘッドランドによる護岸整備、また、海岸浸食の問題について、多くの人々が少しでも目を向けて頂ければ幸いです。」

 と、テロップが流れました。

 私は、この映像を見ながら、「なんとかしたい!」。地元で生まれ育ったからこそ、海が好きだらか、サーフィンが大好きだから。自分たちが、先輩たちから引き継いできた、この海を、思いを、次の世代に引き継いでいきたい!すごく純粋で、前向きな思いが伝わってきました。

 たぶん、誰もがもっている、こういう純粋な思いを、いまの日本の社会の中で貫くことはなかなか難しい。(しがらみや、なにより資本主義社会の中では、自然よりも、儲けが優先されることがよくあることだから。)

 だからこそ、私は思うのです。「何のために自分は行動しているのか?」その理由を明確にし、その思いを共有する仲間の輪を広げていくことが大事なんだと。

 「一人ひとりの力は微力であって、けして無力ではない。一人の小さな力でも、それが集まれば国をも動かす大きな力になる」。大好きなこの言葉を思い出しました。

 電車にかけ乗り一宮から千葉へ

■第51回 国際女性デー千葉県集会

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 20世紀はじめ、不況にあえぐアメリカで「パンをよこせ、参政権を与えよ」と、女性たちの大規模な集会やデモが行われました。1910年「この経験を国際的なものに広げよう」と、世界の女性たちが連帯し、男女平等、女性の地位向上、より人間らしい暮らしの実現のために、毎年国際女性デーが開かれています。今年は、100周年にあたります。

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 高橋高子弁護士の講義あと、私の来賓としてあいさつしました。

 歴史は、人々のたたかいによって作られていく。そんなことを実感した1日でした。

2010年3月 3日 (水)

ひな祭り

 おだいりさ~まとおひなさま~ふーたりならんで、すがしがおー♪

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 わが家のおひなさまが、母の手によって、何年かぶりに飾られています。

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 この、7段飾りの「おひなさま」が、わが家に来て35年。

 今年96歳になる母方の祖母が、歩き回って探しだしたのが、この「おひなさま」。一人ひとり本当に、魅力的で良い顔をしています。

 小さい頃によく母と一緒に、お人形の顔を見ながら、「この人は、どんな人生を歩んできたんだろう?」

 「この人は、なんか、悲しいことがあったような顔してる」とか、「この人は、本当にほのぼのとしていて、良い顔してる」とか、「この人は、きりっとしてる」とか、「ほんと幸せがにじみ出てる顔してるよね」とか・・・

 そんな話をしていたことを思い出します。

 先日、バンクーバオリンピックが終わりましたが、わが家では、フィギュアスケートの高橋大輔選手が、テレビに映るたびに「良い顔してるよねぇ~」と。選手生命が絶たれるような大ケガを克服して、オリンピックに出場し銅メダルを獲得した高橋大輔選手。

 「ケガの前と後の表情がまったく違う。良い顔してるよ!」が、共通の話題でした。

 わが家では、「顔は、その人の人柄や、人間性がにじみ出る。だから、30過ぎたら自分の顔に責任を持て!」と、よく話しになりました。

 これも「おひなさま」を見て語り合いながら学んだことでもあります。

2010年3月 2日 (火)

はっさく入り・・・

 千葉駅からモノレールに乗って終点の千城台へ。

 その地域の後援会のつどいに参加し、あいさつ、参院選へ向けた決意を話しました。

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 麦茶で「かんぱーい!」。テーブルの上には、手作りの料理が・・・特に注目は、この「おいなりさん」。甘辛く煮た油揚げに、酢飯を入れる「おいなりさん」を一口パク。あれ?淡い黄色いモノが・・・なんと、はっさく!!が、入っていました。「酢飯のツーんとした感じがやわらぐのよ」というお話でした。ぜひ、お試しください。おいしかったですよ。

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 お腹が落ち着いたところで、みなさんと交流。「千城台は高齢化が進んで、小学校の統廃合が持ち上がっているけど、そんなことしたら、ますます地域が疲弊してしまうと思う」「民主党に期待していたけど、いまの民主党をどう見たらいいの?」「普天間基地をなくしちゃって大丈夫なの?」「沖縄には、普天間基地だけだと思っていたら、そんなにいっぱいあるの。なら、別になくなっても大丈夫ね」「日本は、アメリカにへりくだりし過ぎなのよね」などなど、さまざまな意見が出し合われました。

 「暮らしを支える問題でも、アメリカとの関係でも、国民の立場でゆらがずに主張し、行動できる日本共産党を、ぜひ大きくしてください」。と、最後に挨拶し、みなさんと握手。

 「がんばって!って私たちが、がんばらないとね」(笑)。この言葉、何よりもうれしく、元気をもらえる言葉です。

2010年3月 1日 (月)

3月ですね。

 3月になりました。参議院選挙まで、あと4ヵ月・・・あっという間です。

 今日も習志野市に入りました。入沢俊行・習志野市議と一緒に、袖ヶ浦団地などを訪問あいさつしました。

 「戦争の時は、食べるものがなくて本当に苦労した。今は足が悪く、生活もなかなか大変」「子どもが中学生になるので、制服や学用品などをそろえるのにお金がかかり、大変です」「障害を持っている子どものことで、役所に相談に行ってきたところなのよ」など、どこでも生活の大変さや、不安が出されました。

 また、習志野市では、国保料の値上げや、子どもの医療費の対象年齢をあげる一方で窓口負担を300円にするなど、負担を求める方向が打ち出されており、日本共産党も市民団体のみなさんと一緒に、署名を集めています。みなさん、快く署名に協力してくださいました。

 黙っていては、負担が増えるばかり、みんなで声をあげる!地道な活動が、遠回りなようで、一番確実な変える力だと思うのです。

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